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おとうさんへ。

今日は、nardasみおとしてではなく、

みおとしてブログをカキカキさせていただきます。

クリスマス、年末ということもあって、

なんともドタバタな毎日を過ごしております。

みなさんいかがお過ごしですか??

クリスマスのケーキの写真をアップしようと思ってたのですが、

バタバタしてましてなかなか書けなくてごめんなさい。

 

しんみりした話など、

するつもりはないのですが、

それもあたしなので、本日は、

失礼いたしまして。。。

 

去年の秋にみおのお父さんは、

天国へいってしまいました。

病気がわかったのは、一昨年の秋。

1年後の生存確率は3%。

何をお医者さんが言ってるのか意味がわからなかった。。。

というよりも受け入れることができなかった。

 

お父さんは、病気のことはわかっているけどそのことを知らない。

奇跡が起きることを願った。

起きると思ってた。

 

決して弱音を言わないお父さんの姿にびっくりしました。

 

今まで携帯を持つことをことごとく拒んでいたお父さんに、

すぐに携帯を買って渡した。

 

「メル友になろうって。」

 

その頃あたしは、

デザイン会社のオーナーでもあり、

お父さんの弟でもある方に

京都のカフェを任していただいて

カフェをしながらケーキを販売して、

出張ケーキ、ケーキ配達など、milmogというお店をしていたんですね。

 

お父さんは会うたびに、

「仕事はどうや?体調はどうや?」

自分のことよりもみんなのことを気遣う。

 

「今日は、こんなケーキ作ったよ。」

 

写真を見せたり、そんな会話をする。

 

たわいもない話なんやけど、

とっても大切な時間。

 

正直、仕事は手につかなかった。。。

お母さんと、りおっちには、

お父さんのデザイン会社を守らないといけない。

ネネは、旦那さんとお店をしてるので、

お店を守らないといけない。

 

デザインの仕事をしている父は、

仕事人間でもあり、家庭人な父。

 

仕事でがんばっている姿を見せることが、

お父さんにしてあげれることやって。

安心させてあげれることやって。

家族のみんなは思っていた。

あたしがどういう行動にでようとしてたかは、

家族のみんなは多分わかってたんやろうなぁ。

 

それはあかんよって言われた。

 

あたしは、どうしたらいいんや?あたしには何ができる?

 

20歳すぎの頃、

あたしは、介護のヘルパーの免許を取った。

将来、お母さんとお父さんの介護は自分でしたい!

という気持ちから。

お母さんとお父さんが

おじいちゃんや、おばあちゃんの介護をし、

おじさんの介護をしてきた姿を見てきたから

自分もそうしたいって思った。

 

なのに、こんな時にそばにもいてあげれないん?

自分を責めた。

 

でも、お父さんから20歳のお誕生日にもらった

大理石の台(ケーキと作る時に使うんですね。)

の裏にこんなメッセージが書いてある。

 

Dsc03586

 

 

だから、

がんばってる自分をみせようと仕事もがんばった。

 

治療が始まると、体調も変わる。

どんどん落ちていく体重。

「美味しいものが食べたい。。。

もうすぐみおの体重を追い越すかもよ。。。」

時々冗談を言うたりもする。

「元気になったら何がたべたい?」

「お母さんのお好み焼き」

 

そんなメールのやりとりをしたり。

 

どんなにしんどくても、

治療をやめようとは、しない。

それよりも、

この治療をがんばれば、

よくなるって。

俺は、癌に負けへんて。

病院のベットの上でもデザインの仕事をしていた。

 

がんばるお父さん。

 

心から尊敬した。

身をもって命の大切さを教えてくれた。

 

お医者さんから、

口から、食事がとれなくなるから、

すごく危険が伴うけど口から食事を食べるための手術をするか、

胃にチューブを入れるかを迫られた時、

(胃にチューブを入れるということは、

これから栄養はそこから摂取することになるんです。)

 

お父さんは、どれだけ危険が伴う手術だとしても

口から食べれる様にする手術を選択した。

家族の誰もが、反対できませんでした。

だって、

お父さんが、

「これからお母さんとデートしても、

一緒に美味しいご飯を食べることができひんねんでって。

みおのケーキが食べられへんくなるのはいややって。」

言うんだもん。

 

毎日お母さんは病院に通った。

仕事をして、

1時間半かけて病院に。

そして、1時間半かけて家に帰る。

結婚してからずっと、

家でも一緒。

仕事でも一緒だった、そばにいた人がいないってどれだけ辛いことやろう。。。

 

お父さんはお風呂にゆっくりつかると体が楽みたいなので、

お風呂に入りたがるのですが

お母さんしか一緒に入らしてくれないいんですよね。

そこはお父さんらしい。

小さい頃はあれだけ一緒に入ろうっていってたのに!

あたしも店終わってから

急いで病院に行き面会のぎりぎりまで一緒に過ごす。

いつも、

「ごめんな。そんなに毎日こんでいいで。

俺よりも、お母さん寂しいやろうからお母さんとこいってあげてって。

お母さんのこと頼むで。」

というお父さん。

あたしがお父さんに会いたいんだよ。

点滴をずっとしてるので体がどんどんむくんでくるのから、

ベットに上がりマッサージをしてあげると

少しきもちよさそうにしてくれる。

お父さんに触れることがこんなにも大切で、

幸せなんやって改めて実感した。

 

決心したのは、夏でした。

店を辞めてお父さんのそばにいたい。

あたしが辞めるということは、

店を閉店するということ。

精神的にも限界だったんです。

 

おじさんでもあるオーナーも

快くあたしの出した答えに賛同してくれた。

本当に申し訳ないことをしたと思ってます。

店を1件あたしが潰したのですから。。。

 

もう自分の足で立つのがやっとなのに

あたしが支えになっていたら言うんですよ。

 

「もっともたれ」って。

 

最後までお父さんですよね。

 

病院にお母さんとあたしで泊まっったのですが、

お母さんはお父さんのベットで一緒に。

あたしは、

お父さんのベットの横に簡易ベットをおき、

お父さんと1日手を繋いで寝た。

阪神大震災以来でした。

その時は地震が怖くて寝れないあたしの手を握って寝てくれたんです。

 

その次の日でした。

お父さんが天国へいってしまったのは。

仕事を辞めてから半月でした。

 

そんなあたしのことをずっと隣で支えてくれたのが

今の旦那さんのゆうちゃんです。

毎日毎日病気がわかってから泣いてばっかりのあたしを

何も言わないで優しく包んでくれたんです。

感謝してもしきれないくらいです。

ありがとう。

 

今でもお仕事でどこかに行ってるだけのようなそんな感覚です。

天国で、今頃何をしてるんだろう?

きっとデザインのお仕事してるんやろうなぁ。

ありがとうお父さん。

お疲れ様お父さん。

 

お父さんと歩きたかったバージンロード。

お母さんと、ロケットの中にお父さんのタキシード姿の写真を入れて

お母さんが持っていてくれたから、

3人で歩けたよ。

いつまでもみんなのこと見守っていてね。

 

今年もブログを読んでくれたみなさまお疲れ様でした。

来年もよろしくお願いします。

 

皆様に一言だけ。

大切にできる人がいるなら、

大切にしてください。

 

皆様に素敵な1年が訪れますように。。。 

 

 

 

 

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